口やのど、あごのあたりに放射線治療を受けることになったとき、
こう言われた方がいるかもしれません。
「治療を始める前に、一度歯科を受診してください」
がんの治療の話をしているのに、なぜ、歯?
そう思う方もいるかもしれませんね。
私が放射線治療室にいたころ、耳鼻科の先生は、
放射線科へ患者さんを紹介するとき、歯科の受診もセットで入れてくださっていました。
(これは病院や先生の方針によって違うこともあります。)
そして、治療がすべて終わったあと。
生活のうえで気をつけてほしいことをお伝えするとき、私はこう言っていました。
「これから歯医者さんにかかるときは、放射線を受けたことを、必ず伝えてくださいね」
すると、「治療、終わったのに?」と言われる方がいらっしゃいました。
もう治療は終わったのに、なぜ、この先もずっと放射線のことを言わないといけないのか。
そのときお伝えしていたのが、この一言でした。
「放射線が当たっていた部分への影響は、この先も残るからです」
この記事では、その「なぜ」を、順番にお話しします。
ここに書くのは、口・のど・あごのあたりに放射線が当たる方に向けた、一般的な話です。当たる部位や範囲は一人ひとり違います。ご自分の場合については、必ず治療を受けている病院で確認してください。
これは「口やあごに放射線が当たる人」の話
はじめに、はっきりさせておきたいことがあります。
これからお話しすることは、口・のど・あご(頭頸部)のあたりに放射線が当たる方の話です。
たとえば前立腺や乳房、肺への放射線治療では、あごの骨に放射線は当たりません。
ですので、この記事の内容は当てはまりません。
「自分は口やのどではないから、関係ない」
そう思えた方は、それで大丈夫です。
これから書くのは、あくまで、放射線があごの骨のあたりに及ぶ方に、知っておいてほしいことです。
あごの骨に放射線が当たると、どうなるのか
口やのどのがんの治療では、あごの骨を完全に避けて放射線を当てることが、難しい場合があります。
放射線が当たったあごの骨には、時間をかけて、ある変化が起こることがあります。
骨に栄養や酸素を届けている血の巡りが、少なくなっていくのです。
血の巡りが減った骨は、どうなるか。
わたしたちの体は、傷ができると、血液が栄養を運んで、少しずつ治していきます。
ばい菌が入っても、血液に乗ってやってくる免疫の力が、感染を抑えてくれます。
ところが、血の巡りが減った骨は、この「治す力」「感染を防ぐ力」が落ちてしまうのです。
ふだんなら問題なく治る傷が、治りにくくなる。
これが、あとの話につながる、いちばん大事なところです。
いちばん気をつけたいのは「抜歯」
血の巡りが減ったあごの骨にとって、大きな負担になるのが、歯を抜くことです。
抜歯は、骨に傷をつくる処置です。
血の巡りが十分な骨なら、その傷は自然に治っていきます。
でも、放射線で血の巡りが減った骨では、その傷が治らず、そこからばい菌が入って、
骨の一部が壊れてしまうことがあります。
これを「放射線性顎骨壊死(ほうしゃせんせいがっこつえし)」と呼びます。
名前は少し、こわく感じるかもしれません。
でも、ここで知っておいてほしいのは、
「なる人は多くない」ということと、「備えることができる」ということです。
頭頸部の放射線治療を受けた方のうち、これが起こるのは、
報告によっておよそ7〜12%とされています。
裏を返せば、多くの方は起こしていません。
そして何より、起こるきっかけの多くが「抜歯」だと分かっているからこそ、
先回りして防ぐことができます。
だから、治療の「前」に歯を診てもらう
ここまで読んでくださった方は、もう、つながったかもしれません。
放射線を当てたあとに歯を抜くと、傷が治りにくい。
だったら——抜く必要がある歯は、放射線を当てる「前」に抜いておけばいい。
これが、治療の前に歯科を受診してもらう理由です。
数字でも、はっきりしています。
放射線を当てる前の抜歯で顎骨壊死が起こる割合は10%以下ですが、
当てた後の抜歯では30%以上に上がる、という報告があります。
同じ抜歯でも、前か後かで、こんなに違うのです。
治療前の歯科では、こういうことをします。
- 虫歯や、ぐらついている歯、悪くなっている歯を調べる
- 抜いたほうがよい歯があれば、治療が始まる前に抜いておく
- 歯周病(歯ぐきの病気)があれば、治療しておく
- 口の中を清潔に保つケアの方法を教わる
ひとつ、知っておくと段取りがしやすいことがあります。
治療前に抜歯が必要な場合、放射線治療を始める2〜3週間ほど前までに済ませておく必要があります。抜いた傷が落ち着いてから、放射線治療に入るためです。
「歯の治療で、放射線治療の開始が遅れてしまうのでは」と心配になるかもしれませんが、
この段取りは、治療が遅れないように組まれています。
だからこそ、言われたら早めに歯科へ行くことが、
結果的に治療をスムーズに進めることにつながります。
そして、治療が「終わったあと」も
ここが、患者さんに「治療、終わったのに?」と驚かれたところです。
あごの骨の血の巡りが減った状態は、治療が終わっても、すぐには元に戻りません。
皮膚炎や口内炎のように「治療が終われば、しばらくして戻る」ものとは、少し違います。
そして、顎骨壊死は、治療から数年たってから起こることもあると報告されています。
だから、治療が終わったあとも、気をつけたいことがあります。
歯科にかかるときは、「頭やのどに放射線治療を受けたことがある」と、必ず伝えてください。
これは、新しくかかる歯医者さんでも、昔から通っている歯医者さんでも、同じです。
伝えておけば、歯科の先生は、抜歯が必要になったときに慎重に判断してくれます。
放射線を受けた部分の歯を抜くかどうかは、専門的な見きわめが必要だからです。
そして、自己判断で、放射線を受けた部分の歯を抜かないこと。
痛む歯があっても、まずは「放射線を受けた」と伝えたうえで、相談してください。
お薬手帳に飲んでいる薬を書いておくのと、同じ感覚です。
「放射線を受けた」という情報は、この先ずっと、あなたの体の大事な記録になります。
(放射線を受けた記録は、将来また放射線治療を検討するときにも大切になります。くわしくはこちらの記事でまとめています。)
▶ 放射線治療は一生に1回だけ? 再発したら、もうできないの?
治療が終わったあとも、歯を守るために
顎骨壊死は、抜歯だけでなく、歯周病が悪くなったことがきっかけで起こることもあります。
つまり、そもそも「抜かないといけない歯」をつくらないこと、「悪くならないように保つこと」が、
いちばんの予防になります。
治療が終わったあとも、できることがあります。
- 定期的に歯科でチェックとクリーニングを受ける
- 毎日の歯みがきを、ていねいに続ける
- 気になることがあれば、早めに歯科へ相談する
放射線治療のあとは、唾液が減って口が乾きやすくなり、虫歯ができやすくなることもあります。
(この口の乾きについては、別の記事でも触れています。)
だからこそ、治療が終わってからの口のケアは、治療中と同じくらい、大切なのです。
診察で、聞いておくとよいこと
口やのど、あごのあたりに放射線治療を受ける方は、治療が始まる前に、
こういうことを確認しておくと安心です。
- 自分の場合、あごの骨に放射線は当たりますか
- 治療の前に、歯科を受診したほうがいいですか
- 抜いたほうがいい歯は、ありますか
- 治療のあと、歯のことで気をつけることはありますか
そして、歯科の先生には——
- (放射線を受けたことを伝えたうえで)この歯は、抜いても大丈夫ですか
- ふだん、どんなケアをしておけばいいですか
聞きにくいことのように思えるかもしれませんが、
どれも、あなたの体を守るための、大事な質問です。
書いて持っていくと、伝えやすくなります。
(診察で伝えることをまとめるコツは、別の記事でもご紹介しています。)
「この先も残る」は、こわい話ではなく、備えられる話
放射線が当たったあごの骨への影響が、この先も残る。
そう聞くと、少し不安になるかもしれません。
でも、これは「こわがるためにしている話」ではありません。
「知っておけば、備えられる話」です。
- 治療の前に、悪い歯を診てもらっておく
- 治療のあとは、歯科で「放射線を受けた」と伝え続ける
- 自己判断で抜かず、ふだんから口をていねいにケアする
この3つを覚えておくだけで、リスクの多くは避けられます。
治療が終わっても、放射線を受けたことを歯医者さんに伝えるのは、心配だからではなく、
自分の体を大事にするための、当たり前の一言です。
どうか、それだけは、この先も忘れないでいてください。
この記事の内容について
この記事は、口・のど・あご(頭頸部)のあたりに放射線治療を受ける方に向けて、歯とあごの骨のケアについて、一般的な情報を整理したものです。放射線が当たる部位や範囲、必要な歯科処置は、一人ひとりの治療によって異なります。診断や治療の判断はしていません。ご自分の治療で何に気をつければよいかは、必ず治療を受けている病院の医師・歯科医師にご確認ください。歯やあごに気になる症状(痛み、腫れ、しびれ、膿など)が出たときは、放射線治療を受けたことを伝えたうえで、早めに歯科へ相談してください。
参考情報
- 国立がん研究センター希少がんセンター「放射線性顎骨壊死に関する研究情報」
- 日本頭頸部癌学会「頭頸部がん情報:口腔ケア」
- Meiji Seika ファルマ「がんと暮らしのコンパス:がん治療中の顎骨壊死とは」
- 日本耳鼻咽喉科学会 専門医通信(頭頸部がん治療と口腔管理)

