夏の朝。
いつものように、制汗剤に手が伸びる。
そこで、ふと、手が止まる。
「あれ、これ塗って治療に行っていいんだっけ」
乳房や胸壁への放射線治療では、脇の近くまで放射線が当たることがあります。
暑い日が続けば、汗もかくし、においも気になる。
でも、皮膚に何かを塗って治療室に入っていいのか、はっきり分からない。
診察で聞くほどのことでもない気がして、そのまま使うのをやめてしまう。
そういう方は、少なくないと思います。
元がん放射線療法看護認定看護師として、放射線治療を受ける方に関わってきた立場から、
この疑問を整理します。
先にお伝えします。
制汗剤の使用は、以前のように一律に禁止するものではなくなってきています。
ただし、「だから自由に使って大丈夫」という話でもありません。
使っている製品の成分と、あなたの照射範囲によって、話が変わります。
この記事では、なぜ以前は止められていたのか、今どこまで分かっているのか、
そして病院でどう聞けばいいのかまでをまとめます。
以前は「使わないでください」と言われていた
放射線治療中の生活の注意として、長いあいだ「照射している場所に制汗剤を使わないように」という指導が行われてきました。
理由は、皮膚への刺激を避けるためです。
放射線が当たっている皮膚は、乾燥したり、赤くなったり、ヒリヒリしたりします。
そこに何かを塗ることで、症状が強くなるのではないか。
そう考えられていました。
もうひとつ、制汗剤の中には金属を含むものもあり、金属を含む製品が皮膚のすぐ上にあると、
放射線が散らばって皮膚に当たる量が増えるのではないか、という懸念もありました。
しかし毎日使っていたものを、数週間から1か月以上、急に使えなくなる。
夏なら、なおさらこたえます。
小さなことのようで、そうではないんですよね。
毎日通う場所があり、人と会う生活が続いているなかで、においを気にし続けるのは、
それ自体が負担です。
今、分かっていること
そこで、実際に影響があるのかどうかを調べる研究が行われてきました。
対象になったのは、いずれも乳がんの放射線治療を受けている方たちです。
制汗剤を使い続けたグループと、使わなかったグループを比べる形で、5件の試験が報告されています。
日本では、これらの結果をまとめて、
『がん治療におけるアピアランスケアガイドライン』という指針がつくられています。
日本がんサポーティブケア学会が編集し、
日本放射線腫瘍学会をはじめとする複数の学会から委員が参加してつくられたものです。
その2021年版に、こう書かれています。
「放射線治療中のデオドラント使用の継続を弱く推奨する」
「弱く推奨」というのは、少し分かりにくい言い方かもしれません。
これは、「誰でも自由に使ってよい」と断定する意味ではありません。
使い続けることは多くの方にとって選択肢になりますが、研究の数や確実性には限界があります。
そのため、皮膚の状態や本人の希望も含めて、一人ひとり判断する必要がある、という位置づけです。
これまでの研究では、使い続けたことで皮膚炎が明らかに悪化したとは示されていません。
なお、ここで言う「デオドラント」は、汗を抑えるものと、
においを抑えるものの両方を指しています。
日本の「制汗剤」で気をつけたいこと

ここからが、実際に使うときに大事なところです。
ガイドラインでは、金属を含まない製品と、アルミニウムを含む製品を分けて検討しています。
金属を含まない製品については、皮膚炎が悪化するというデータは見られませんでした。
一方、アルミニウムを含む製品については、研究の数がさらに少なく、
根拠が非常に弱いとされています。
そのうえで、「注意しながら使用を継続するのがよい」という書き方になっています。
では、自分が使っているものはどちらなのか。
ここで知っておきたいのは、日本で売られている製品の事情です。
日本で販売されている制汗剤やデオドラントには、塩化アルミニウム、クロルヒドロキシアルミニウム、焼きミョウバンなどのアルミニウム系成分を含むものがあります。
ただし、「制汗剤」「デオドラント」という名前だけでは、
金属成分が含まれているかどうかは分かりません。
「デオドラント剤」と呼ばれるタイプでは、殺菌成分が使われていることが多いのですが、
こちらにも金属成分が入っていることがあります。
つまり、手元にあるものが金属を含むかどうかは、名前では分かりません。
確かめる方法は2つです。
- 製品に書かれている成分表示を見る
- メーカーに問い合わせる
なお、アルミニウムを含まない製品は、一般的な薬局の店頭ではあまり売られていません。
「アルミニウムフリー」としてインターネットで購入できるものがあります。
自分の照射範囲がどこまでかを知っておく
もうひとつ、成分と同じくらい大事なことがあります。
そもそも、脇が放射線の当たる範囲に入っているかどうかです。
乳房や胸壁への放射線治療では、乳房や胸壁を中心に照射する場合と、
脇の下などのリンパ節も含めて照射する場合があります。
照射範囲や方法は一人ひとり異なります。
リンパ節を照射しない場合でも、脇の皮膚に放射線がまったく当たらないとは、
自分では判断できません。
また、脇の下のように皮膚が重なる場所は、こすれや汗で湿りやすく、
もともと皮膚炎が出やすい部分だと知られています。
同じ人でも、当たっている場所と当たっていない場所では、気をつける度合いが変わります。
自分の治療で、どこまでが照射範囲なのか。
これは、治療計画をつくった医師と、治療にあたっているスタッフが把握しています。
病院での聞き方

ここまで読んで、「結局、自分はどうすればいいのか」と思われたかもしれません。
答えは、通っている病院で確認する、です。
ガイドラインは、医療者が判断するときの目安であって、一人ひとりの指示ではありません。
施設によって方針が違うこともありますし、あなたの皮膚の状態や照射範囲によっても変わります。
そして、この質問は、聞きにくいことではありません。
たとえば、こう伝えてみてください。
製品そのものを見せるのが、いちばん早いです。
成分を口で説明するより、確実に伝わります。
言いにくければ、診察でなくてもかまいません。
治療室の看護師や診療放射線技師に聞いても大丈夫です。
聞きたいことをその場で忘れてしまいそうなときは、診察前にメモしておく方法もあります。
制汗剤以外にできること
確認がすむまでのあいだや、使わないことにした場合にも、できることがあります。
放射線を当てている皮膚は、こすれに弱くなっています。
においを気にして強く拭くと、かえって皮膚の負担になります。
下着や服の選び方については、こちらの記事で詳しくまとめています。
塗り薬を出されている場合
皮膚の症状に対して病院から出された塗り薬は、制汗剤と同じようには扱いません。
自己判断で中止したり、照射前に拭き取ったりせず、処方されたときの指示に従ってください。
塗る時間が分からない場合は、「治療の日は、いつ塗ればいいですか」と確認してみてください。
皮膚の症状への対処は、こちらの記事にまとめています。
まとめ
- 制汗剤の使用は、以前のように一律に禁止されるものではなくなってきている
- ガイドラインでは「使用の継続を弱く推奨する」とされている
- ただし、アルミニウムを含む製品については根拠が弱く、注意しながら、という扱い
- 制汗剤やデオドラントにはアルミニウムを含むものもあり、名前だけでは成分を判断できない
- 脇が照射範囲に入っているかどうかでも話が変わる
- 最終的には、製品を見せて、通っている病院で確認するのがいちばん確実
夏の治療は、それだけで大変です。
においや汗を気にしながら過ごすことまで、我慢の一部にしなくて大丈夫です。
気になっていることは、そのまま治療にあたっているスタッフに伝えてみてください。
※この記事は、公的機関および学会の資料をもとに作成した一般的な情報です。
診断や治療方針を示すものではありません。使用してよいかどうかは、照射範囲や皮膚の状態、通っている施設の方針によって異なります。ご自身の治療については、必ず通っている病院の医師や医療スタッフにご確認ください。
参考情報
- 日本がんサポーティブケア学会 編『がん治療におけるアピアランスケアガイドライン 2021年版』CQ30
- 国立がん研究センター がん情報サービス「放射線治療の実際」
- 国立がん研究センター がん情報サービス「皮膚のトラブル」

